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団体参拝…耕雲寺
- 2008/09/13(Sat) -

去年に引き続き、行ってまいりました団体参拝
今年は、越後の名刹を訪ねる旅でございました。
この団体参拝は、米沢の八寺院の六住職様達が檀家さん達をを引き連れて毎年各地の名刹にお参りに行っているものです。

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最初のお寺はここ!
新潟は村上市の耕雲寺です。

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 応仁の乱以降、室町幕府は統制力を失い、地方の国人や豪族は戦乱に明け暮れ、それまで真言宗や天台宗が多かったが、この頃から有力武士との結合が薄れ、次第に衰退した。
そのころ、大名や武士に結合した曹洞宗が勢力を伸ばし、全国に信仰が広まった。それは南北朝から室町期で仏教会と大名などの支配層と結合する事は護寺、寺勢の強化に繋がった。
小泉庄耕雲寺(村上市)は、門前に庵を定め、教団背後を支えたのが法名を耕雲と称した本庄顕長である。
創建は応永元年(1394)、南朝方楠木氏の系統を引くという傑堂能勝(けつどうのうしょう)による。
梅山聞本はその師であることから、傑堂は梅山を請じて開山和尚とした。
耕雲寺では神仏混合を取り入れ、熊野信仰の熊野神社で、耕雲寺に隣接して熊野神社が鎮座している。
同寺4世の「瑚海仲珊和尚行業」には宋国渡海の際に、暴風雨に遭遇し命からがら宋国にたどり着いた。
帰国すると耕雲寺の鎮守にした。また「仏法の頭領・熊野神社を当山の守護とす」とあるという。

応永34年(1427)、傑堂能勝が没すると後継に顕窓慶字(けんそうけいじ)で、その法弟の南英謙窓(なんえいけんそう)は備前(岡山県)の午頭山に入った。
当時、本庄氏の統制力は衰退していたのだろう、耕雲寺寺領が下民に侵犯され、これを聞きつけた南英謙窓は帰国し、永享2年(1430)には、半分ほど領地が回復したので、午頭山に戻った。
しかし、再度下民が蜂起し半分ほど取り戻した寺領を侵犯し領地を奪った。翌年に、南英謙窓が没すると寺は無住となり、南英謙窓は再度帰国した。
一時、寺が荒廃したこともあったが再興して延享2年には、直末79寺、他に孫末以下708寺の越後曹洞宗最大の寺院に発展する。傑堂能勝は応永10年神戸最重(かんどよししげ・村松)に請じられ、慈光寺を創建。
それから慈光寺から直末20寺、孫末以下150寺にまでの大寺院に発展した。同27年塩沢町雲洞庵を上杉憲実が開くとそれもまた、直末27を有する大寺院に発展した。
文安3年(1446)岩室村種月寺は南英が上杉房朝の保護の下に開山すると直末20、孫末以下150まで発展させた。
まさに、耕雲寺は岩船郡は元より、岩手、青森方面まで勢力を拡大させた。
耕雲寺の境内には明治19年12月16日の火災で全伽藍を焼失したが、ただ一つ残った鐘楼(元禄15年築)が現在も山門として残存している。


引用参考文献
(1998)「図説 新発田・村上の歴史」郷土出版社

 

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本堂にて、参拝者全員で般若心経を唱え朝のお勤めを済ませます。
その後、本山のご住職のお話を伺ってから寺内の見学をさせていただきました。
右の写真はお位牌堂…こんなもの写真に撮って何か写ってたらどうしましょう^^;と思ったのですが、
団参の住職が写真撮っているから大丈夫かと…大丈夫…見えちゃいけないモノは写っていませんよね^^;

なんでもご位牌の形でもその年代の特徴とかが分かるそうで、参拝のご住職集団しきりに「いや~立派なモノだよ!」と
おっしゃっていましたが、不勉強な私にはちょっと分かりませんでした。

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 当時を偲ばせる山門…中には筋肉隆々の仁王様♪ 

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右は、耕雲寺に隣接する熊野神社。

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